山田詠美『A2Z』(講談社文庫)

読み終わる。

感想・・・言葉が追いつかないくらい!!
この小説は最後、死体を運ぶボディバッグを閉める音「zip!」で結ばれているけれど、
本当に、言葉にしようとして言葉にならない嘆息の音で、感想に替えるしかない。


山田詠美の小説は、「オンナ向けの、大胆で感情的な恋愛小説」と思われていると思う。
道具立ての派手さやゴージャスさ、大胆不敵さ。日常にはありえないようなロマンチック。
その要素は確かにそうで、そこが許せないと読むのはつらいはず。
大ファンの私でも、ひえー、と思うことや、辟易するときもある。


だけど、山田詠美の小説は、恋愛を描いていながら、
他の恋愛小説とは真逆のアプローチをしているように思う。
その筆致は全く感情的ではなく、外科医のように理性的だ。
外科医と違うのは、メスで切り裂いたその内側にロマンスを封入する技術だし、
手術の過程それ自体を、酔わせる世界に構築して仕上げる作家の技である。
恋愛それ自体や、その意義さえ突き放したところに作家は温かくも冷たく冴えた目を据えており、
その眼差しから生まれる世界は、唯一無二のものだ。


さらに、山田詠美の小説は、「小説でなければできないこと」を常に追い求めてる。
他ジャンルと小説との違い。小説とはなにができるジャンルなのか。
そのことに、すさまじいほど自覚的だ。
この『A2Z』も、物凄く、興奮させられた。
読みながら、だんだん、作者がやりたかった事の輪郭になんとなく手が触れたような気がした時に、
「うわーっ!!」と、お腹の底から熱がこみあげた。
終盤は、「スゴい…」とあえぎながら読んでいた。


今まで何度も読み返してきたけれど、その時にはわからなかった興奮に、
今触れることができてよかったと思う。
読書とは、テキストとの「一回的邂逅」だというけれど(バフチン『小説の言葉』)、
今日、その昂揚を知れた幸せに感謝したい。


初めて読んだのは2000年1月、発売直後。
あれから10年、自分の現在は全く、違うものになった。
だけど今日、こんなふうにこの小説を読み終えられる現在で、悪くはなかったのかな、と思う。
あのとき分からなかった部分、通りすぎたセンテンス、
また新しい小説を読むようにびしびしと胸に響いた。
また10年後に読んだら、どう感じるか。それを楽しみに、また生きようと思う。